不登校
日記
中学の頃通院していた病院
ほとんど喋ったことは無かった。
何を喋るところか分からなかった。
学校に行けなくなったからこの発達障害系の小児精神科に通っている程度に思っていた。
婆ちゃん母さんもその程度の認識だったと思う
「学校に通えないから病院で治してもらう」程度では問題を認識出来てないので困る。喋ることがない。
初診時に脳波の検査などをした。結果は知らない
ただ覚えてるのが、検査時の指示が「寝てください」と言われ薄暗い小さな部屋で硬いベッドに横になる。「睡眠」をしないといけないと一生懸命寝ようとしたが寝付けなかった。30分程度だったかあっという間だった。
「寝ていない」から検査はちゃんとした結果が出せていないと思ってずっと心残りだった。
数年後に「横になる」状態を「寝る」とも表現するなと気づく。自分の検査方法は合っていたかもとスッキリした。
精神科では先生がまず「顔色いいやん」と言う私が頷く「元気そうやね」と続けて言う「頑張ってると思うよ」と言うと涙が出てくる。ティッシュを貰って先生の話を聞く。20分くらい経ったら診察が済んで帰る。睡眠導入薬をいつものように処方出来る最大日数分をもらう。
とにかく困って苦しんでいるが、なににどう困っているか分からなかった。
学校に行けないと言うと母さんは「先生に相談やね」というが「何を話せばいいかわからない」と言うと「何でもいいよ」と言う。
本当に何を話せばいいかわからない。
全身で感じていることをひとつひとつ文章にしなければならない。今に至るまで当たり前に感じている不快な感覚を言葉にするのはとても難しい。
知ってる言葉の漢字がわからないと辞書を引く。私は知ってる言葉も無かったし調べるための辞書もなかった。とにかく苦しかった。「何でも話せばいいから」というのは結局は「夜寝れてない」など認識出来る状態を話すことしか出来なかった。
その頃の自分を分析する
先生の話を聞きながら黒板にあるものを写す事ができない。先生の話からあるワードが気になればそれが想像の入り口になりぼおっと世界観に浸る。「消すよ〜皆書けた?」と聞こえハッと我に返ると先生は黒板が埋まったので新しく書く場所を作ろうとしていた。
黒板を左右2つに区切って、左側を消そうとしていた。
自分の為に授業をとめるのが申し訳ない。私は人より書くスピードが遅いと自認があった。
今にも黒板消しで消そうとしているところから「待ってください」と授業を止め自分のペースでノートに移して「書けました」など言えない。
まだ消していない右側から書いて追いつこうとする。すでに消された左側との繋がりがないので、これだと不自然だと気になる。右側を書くのを諦め、先生が新しく書き始める左側から書こうと思う。
定規を使って先生が使ったチョークと同じ色で線を引いて四角く囲って、矢印を書く。
教室の隅の誰かが笑う、会話が気になる。目の前の生徒の仕草が気になる。目の隅に偶然映った生徒の脚の動きが気になる。
先生の書く板書に追いつき、このペースならさっきの右側も書けたかなと少し後悔する。
先生と同じペースでやっとなんだから、右側から書けば追いつかなかったと分析する。
先生が古い右側を消して書き始める。振り落とされないように定規を持って色付きボールペンを側において集中する。
脚が妙な抗議をする。動かさないと脚が「暴れ出すぞ」と脳を脅す。爆発しそうな脚をもぞもぞ動かし発散させる。結局収まらず「立ち上がって駆け出したらスッキリできるんだろうか」と思いながらふくらはぎにチカラを入れ震わせたり、足の指をギュッとしたり繰り返す。誰にも気づかれませんようにと祈る。授業は頭に入ってこない。
先生の言葉がカタカナに聞こえる
思い違った同音異義から自分の世界に入りたくなくても入ってしまう。戻ってきた頃は授業が追いつけない。
授業に追いつけない。ノートに書き写せない。先生が喋ることが頭に入ってこない。提出物も出せない。忘れ物が多い。何をしに学校にくのかわからない。友達もいない。緊張と無力感に朝から夕方まで耐え抜く。
話しかけてくれる人には私なんかに使う時間を自分
以外の人と仲良くなる時間に使ってほしい。私は他人には負担になるから付き合うだけ損だと思う。
体育
冬の入り始めはいつも長袖を忘れていた。すごく寒かった。
夕食
バラエティ番組を耐える。今で言う「共感性羞恥」というのか、家族が選んだバラエティ番組だから脳の奥からギュッと支配される遁走欲に耐え抜く時間だった。
今は耳を指で塞いで自分の鼓動でテレビの音を聞かない方法でやり抜いてる。
食事以外ではテレビが目にはいらないところに隠れて指で耳をふさぐ。
十年後
なにか立ち行かなくなって悩んでると母さんが「ちぇんちぇーに相談やな😊」と冗談めかして言うが
本心は母さんに全部聞いてもらいたいなと思ってるからさみしい
でも母さんには全部話せないし聞いても大丈夫だと精査した範囲で話すようにしてるから仕方ない
髪をくくってなかったり前髪が伸びで目にかかってたり、髪が荒れてると「ボサ子」とからかう
汚いと思われてるみたいで嫌だった
からかわれるのが嫌で、防御反応が出てしまった
母さんが帰って風呂に入るまでの間に「牛肉炒めといて」と数回言ってきた。私が作業に集中してすぐ取り掛からないから母さんもストレスがたまってるんだと思った。実際はただの母さんの癖で何度も言ってるだけだと思うが。
髪を乾かす母さんに「これから料理するなら髪くくりなよ」と言われた
(嫌なこと言われる)と警戒した
続けて「鏡に水が」と母さんが言う
ドライヤー中なので最初に発した言葉を聞き取れなかったが「か」と聞き取れたとき「髪のこと」を言うんだと怖くなってカッとなり怒鳴ってしまった
母さんはビックリしてたし、私が話を最後まで聞かずに怒鳴ったことにすごく怒ってた。
「最後まで聞かずに怒鳴るのやめて」と言う母と
「嫌味を言われるのが怖くて怒鳴った」という私でしばらく同じやりとりを繰り返した。
涙が出てきて母さんが「被害者のような態度やめて」のようなことを言う
「母さんが怒るように私も泣くのは仕方ない」という。
話を最後まで聞かずに怒鳴ることを謝った。
母さんが急に殴ったりひっかいたり私をからかったりすることと、私が自分のお金でご飯工面できなくなっても大丈夫だと同じ人間から出てくることについての説明がつかない
嫌なことを止めてほしい。的外れのズレた気遣いや心ないことを言うのを止めてほしい。
私がそれを気にするのは私の性格が気にしすぎで歪んでいるからであって、母さんはそんなこと気にしてはいけないという。
母さんのつまんないユーモアにつき合わされる
引きこもり学生の頃、私がいることが母さんの悩みだと思った。学校に行けないことを受け入れてもらえなかったから。
理由は私の口から全て出てくると信じる母さんが何度もしつこく聞いてくる。私も分からないものはひっくり返っても分からない。「分からない」というのが母さんも分からないらしい。しつこく尋ねる母さん。私がそもそも居ることが母さんを困らせるんだと思った。私が居なければこんな難しいことそもそも無かったから。
学校生活で感じた不和を子どもの言葉では母さんが分かるように表すことができない。生活を整えてもらう立場で変なこと言えなかった。
「職業体験のアポ取りか何かの電話が出来なくて学校に通えないんだ」と適当を言った。母さんにとにかく納得してほしかった。
今も抱えてる問題だが、人が人をからかったり陰口を言う様子が目に入るのが本当に嫌だ
言われた対象を思い浮かべて「確かにな」と思ってしまう。そして、その人が現れ何か起こすと「だからあんなこと思われるんだよ」と思うのが嫌だ
自分の薄く感じてた嫌いがハッキリ輪郭を持って大して知りもしない人間に嫌悪感を持つのがすごく嫌いで疲れる。学校は声がみんな大きくて自分が黙ってると教室の隅々の声が頭に入ってくる。
面白いなと思ったりあんなことを言うのは人としてどうだろうなど色々考えるのに疲れたから学校には通えないと思った。母さんにはこんな入り組んだ悩みなんて話したらもっと困らせてしまうと思うから話せなかった。そもそもここまで言葉にできたのは25過ぎになってからだが。
学校に通えない理由を聞いてもらったとして次はどうなっただろう。気にしすぎだから気にするな。考えすぎな私がよくない。もっと頑張って学校に通ってほしい。応援するから頑張って。
と言われるのかもと想像ついて嫌になる。
母さんに本心を知ってほしい気持ちと、母さんには本当に私をわかることが出来ないという確信がある。
文字があってよかった。自分の味方を自分で作れる
遠くに行きたい
中学校のアルバム出てきた。
自分の顔が誰よりも頬骨の肉が醜くついてるように見える。容姿が優れてない、例えようならどんなひどい言葉が出てきそうな人もいた。が、ただ「あぁ人だな」と思うくらいで、私の醜態晒した写真のように傷つけたくはならなかった。自分に厳しいのか他人への興味が薄いのか。
私が人を気にしてないように当時のクラスのみんなも私のことなんとも思ってなかったのかもな
中学校のとき、心臓がバクバクして誰ともちゃんと話せなかった。私が必死にしがみついて生きてるが、努力虚しく相手にもされない。身にならない頑張りは努力と言えるのか、ただ激流に流されないように耐え忍んでいただけ。
今も職場で必死に生きてる
中学校の心思い出して、職場でもそうかなって今も変わってないなと思うと苦しく
こうして書いてはスッキリさせてるんだろ
子供の頃引っ越したときに貰った手紙を読んだ
私が自問自答の後悔とウダウダやる10何年の中で友達は前を見て、パートナーを見つけてやりたいことを見つけて好きに生きてるんだろう
ツイッターで社内ニートやってる人になりたくない
職場の人の機嫌を伺いすぎて能力を身に着けられないまま10年も過ごしてしまった人
私はそうなる人な気がする
朝の挨拶で緊張するし「これでいいか」と思えない
自分の緊張が他人に感染してる気がする
人前でお茶を飲めなくなった 首を上げることと目線がわからなくて、ペットボトルの飲み口に口を付けた時からパニックおこしてる
朝の朝礼ぎりぎりまで仕事の準備をしていた
みんな列になりつつあるのに、自分だけ真面目こいて恥ずかしい
こういう自分を追い詰める考え方だけで生きてきてる
友達の手紙は季節のこととか身近な面白い話とか、こういうこと気づけたからあの人は今も新しい友達ができてて職場でもきっと悩みながらも上手くやってるんだろうと、自分を傷つける想像をする
最近緊張と酷い妄想が絶え間なくなってきた
病院に行こうと思うけど
短いスパンで休みを取りすぎるんじゃないかと気になりつつある
職
中途の新人がそりゃ社会人経験あるからそりゃそりゃ当然だけど、めっちゃ喋る
年上の説明聞いてさらに聞き込んで多分本人は普通にしてるだけなんだろうけど、私だったら「はい」しか最大言えないから、会話が成立して羨ましいなっていつも思ってる。作業中わく微かな疑問とか不安とか会話から消えそうじゃん
定時で今日は終了予定だった
定時までに作業するならぎりぎりだけどいけるか??ときかれ「いけます」と言った
どうせなら中途の新人とステルスで競争しよ
定時を30分越して終了した
私掃除手伝えてない
私が作業が遅くなったせい
上司に見てもらって直してもらって、いろんな説明してくれた。「う〜ん」「はい」しかいえない
「遅くなって申し訳ないです」って言ってもいいと思ったが、「いえいえー問題ないですよー!!大丈夫ですよー!!」が欲しくて言うのズルイな〜って気にして言えなかった
社会人的には言うのが後ぐされ無くてハッピーかもな〜!!!
ジョジョ4部も終盤 めちゃめちゃおもろ
食わず嫌いだった
アニメは噛み砕いて我々にも飲み込みやすくしてある
女性らしさ
聞かれたわ女性らしさ
女性らしさを職場改善に求められてる
女性らしさとか何を求められてるのかわからない
それよりか完全週休2日制にしてくれや
でも会社の経営側を思うと、働く時間を減らすより
会社の外壁をピンクに塗ったり、作業机にひとつ造花を置くほうが損が少ないんだろうね カワイイし
わからないけど、いち女性社員には知る由もない
残業も減らしてほしい
仕事の量を調節してほしい、今も十分してるんかな
昔は忙しすぎて職場に飛び回るハエも気にならんとかいうイカレタことを聞いた。今は昔よりかなり改善されてるんかもしれん
一日中椅子に座ってるんだから体がいつかひび割れそう
休憩時間も働き続けてる男たちにやめさすよう言ってほしい
休憩スペースを非喫煙者用もつくってほしい
全体的に建物自体が狭いので、休憩返上で働く人を横目に「じゃあ柔軟体操すっか」とか無理だし
外出るかと思っても、休憩スペースは喫煙者が独占状態
自分の机でスマホをいじるくらいしか、8時間以上首を下にしてる みんなストレートネックだろ
女性らしさとかいうよくわからないことを言わないでほしい
説明ができないよ
説明ができない
早い話が、今日起きたことを書く
親と洗車待ちの時間、交通費が給料に入ってるのか話してた
職場では回覧板で、交通費に割り当てられるガソリン代を会社が目安を決めて、それが回覧板でまわってくる
「回覧板でガソリン代の価格がまわってくる。交通費払われてるんかもな」的なことを私が言う
「ガソリン代と交通費は違うで。ガソリン代貰ってんのか??回覧板ってなに」わからないがそういうことを親が言う
説明ができない
見たママを口に出して、相手の理解を待つ方法を取る
ガソリン代が、回覧板が、ぐらいしか言ってないが
抑えた言葉を全部言うなら
「回覧板 ガソリン代 席について仕事してたら隣から渡される、その時目線を相手に向けるので顔が少し上がり、自分の会社って蛍光灯なんだけど、蛍光灯の光が凄い強いから日差しが目に入るみたいに視界が白くなって。回覧板を眺めて150スラッシュ1リットル円かな?そういう単位を読んだ。その後回覧板読んだらはんこ押すんだけど、そのときも多分押したよ、そういうもんだから」
会社で自分の起こした事故の説明が出来なかったな、見たら誰でもわかると思っててわざわざ言えることないと思ってた。多分自分の起こした事件を順に言えばいいんだろう。難しいな